12/10聖餐―神の解放

もし、自分の生活にいろいろな不自由さや拘束を感じ、救いを求めておりますならば、聖餐に与ることは、本当は一番大きな喜びであるはずです。

番組「ダビデのひこばえの到来」での竹森先生のこの言葉、皆さまはどう思われましたか?
私は、すんなり「その通り!」とは思えず、むしろ「え?そうなの?」と戸惑ってしまいました。

長引くコロナ禍、家族や人間関係、思うようにならない自分自身…確かに不自由さはいろいろと感じています。
でも、この私の不自由さと聖餐とに、どんなつながりがあるというのでしょう?

そう問いながらこの説教を聴いていくと…

たった20分の説教で、これまで自分が思っていた「聖餐」がひっくり返されました!

聖餐は、今も毎日、主を裏切っているこの私にこそ必要…というか、毎日これ無しには生きられない「神の解放」でした。
だからこそ、教会は2千年間にも渡って聖餐を繰り返し続けているのだと。

オンラインでの礼拝や集会、交わりが盛んになる一方、同じ空間と時を共にすることを大切にしてきた教会の交わりが失われつつある今だから、ぜひお聴きいただきたい説教です。

そして、なぜ教会が2千年間、この聖餐を大切にし続けてきたのかをご一緒に考えていきたいと願っています。

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